ロースクール受験のために司法試験の過去問をやってみたりしています。

甲が乙所有の建物を自己のものと誤信して丙に賃貸し、丙もそれを甲所有の建物と誤信したまま数ヶ月家賃を支払い居住していた。丙は、乙から立退きを請求され、新たに乙との間に賃貸借契約を締結した。甲乙丙相互の法律関係を説明せよ。(昭和45年第1問)

一.甲丙間の法律関係
1.甲丙間では、乙所有の建物の賃貸借契約(601条)がなされているが、かかる賃貸借契約は他人物賃貸借契約(559条、560条)である。
よって、債権的には有効なものとなる。
したがって、甲は乙から賃貸権限を取得して、丙に使用収益させる義務を負っており、甲は賃料支払義務を負っていたものと解する。
2.では、丙は本件建物を甲が所有するものと誤信していることから、錯誤無効(95条)を主張し得ないか。
思うに、賃貸借契約においては、賃貸人が所有者であるか否かは、通常、契約の重要な要素とはいえず、賃貸人の貸す債務は没個性的なものである。
よって、「要素に錯誤」があるとはいえず、丙は錯誤無効を主張し得ない。
3.しかし、丙は乙から立退きを請求されており、甲の丙に対して使用収益させる義務は履行不能になる。
この点、賃貸借のような継続的契約においては、損害賠償と賃料債務を存続させておいても無意味なので、契約は解除を待つことなく当然に終了するものと解する。
二.甲乙間の法律関係
1.乙は、甲が賃貸人として受領した賃料を不当利得として返還請求できるか(703条)。
(1)まず、703条の要件として、①法律上の原因がないこと、②利得があること、③損失があること、④利得と損失に因果関係があることが必要となる。
本問の場合、甲は建物所有者ではないことから、乙に対する関係では法律上の原因なくして賃料を得ており、乙はそれに対応した損失を受けていることから、703条の要件を満たすとも思われる。
(2)もっとも、善意占有者甲には189条1項により果実収取権がある。
この点、間接占有における占有者の善意悪意は占有代理人によって決せられるところ、丙は、甲同様に建物を甲の所有と信じており、同条の善意占有者にあたる。
よって、189条により果実収取権があることになるので、703条の「法律上の原因」があることになる。
(3)したがって、703条の要件を満たさず、乙は甲に対し、賃料を不当利得返還請求することはできない。
2.なお、甲が本件建物を自己のものと誤信した点につき過失があれば、不法行為責任を負う(709条)。
三.乙丙間の法律関係
1.乙丙間では、賃貸借契約が締結されているため、乙は本件建物を使用収益させる義務を負い、丙は賃料支払義務を負う。
2.これに対し、乙との賃貸借契約締結以前の丙の建物使用につき、乙から丙に不当利得返還請求(703条)が考えられるが否定すべきである。
なぜなら、丙は甲に賃料を支払っており、同条の「利得」がないからである。
3.また、甲が権利者であると丙が誤信したことにつき過失があれば、乙に対して不法行為責任を負う(709条)。
これは、客観的に賃貸借契約という法律上の行為を共同しているといえるので、甲との共同不法行為(719条)となりうる。
以上



(補足)甲丙間について
錯誤無効の論述以下、次のようにも考えられるようです。

 丙は立ち退き請求され、新たに乙と賃貸借契約(601条)を締結している。
 そこで、甲の使用収益させる義務は社会通念上履行不能といえるが、甲は、履行不能に基づいて損害賠償請求・解除をなしえないだろうか。
 まず、丙は甲に、担保責任に基づき損害賠償・解除をすることが考えられる(561条)。
 ただ、丙に有責性が認められる場合には、これを否定すべきである。
 なぜなら、かかる場合、有償契約における当事者間の公平を図るという561条の趣旨が妥当しないからである。
 したがって、本問でも、丙が甲に乙から立ち退きを請求されたことを通知して所有者乙と交渉する機会を与えず(615条)、勝手に乙と契約を締結したような場合には、担保責任の追及は否定されると解する。

もちろん、債務不履行での損害賠償請求・解除(415条、543条)も検討できるようです。